毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は弟子の例え話に現実的なツッコミをする孔子の一節です 答えをはぐらかしているようにも見えなくもない話ですが…どうなんでしょう? それでは、お付き合いください

原文・訳
季路問事鬼神。子曰、未能事人,焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死。
季路 鬼神に事えんことを問う。子曰く、未だ人に事うる能わず、焉んぞ能く鬼に事えん。敢えて死を問う。曰く、未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。
解説・意訳
まずは漢字の説明をしていきます 「季路」は孔子の弟子「子路」のことです(子路も今まで多く登場しているので人物の説明は省きます) 「事える」は「仕える」と同じです 「焉んぞ」は反語を表す句法で「どうして~だろうか」や「いや、~ない」という意味になります 「能わず」、「能く」は同じ「能」という字ですが能わずのほうは「叶わない」に近く、能くの方は「首尾よく」に近いニュアンスです 以上を踏まえて意訳していくと…
季路(子路)が鬼神への仕えかたを質問した。先生は言った「生きている人間に仕えることもできないのに、どうして鬼に仕えることができようか」(子路がさらに)果敢にも死について質問した。(先生は)言った「生きてる間のこともわからないのに、どうして死んだ後のことがわかるのか」 となります
要するに、「鬼や神に仕える場合にはどうしたらいいのか?」と質問する子路に「天子や君主(人間)にも仕えることができていないのに、なぜ鬼や神(存在が確実でない者)に仕えることができるのだ」と一喝するのです ここで止めておけば良いものを続けて「死」について質問したから上記のように輪をかけて叱られた…そんな場面です
どのような経緯でそんな話になったのかは不明ですが、鬼神というのは例えであって鬼や神(のような人)だと考えるのがフツーな気がします それ(軽いボケ)を理解せず返答しているのは、孔子が仕官したくてもできていない苛立ちを含んでいるからなのかな?と思います 更に、そんな気も知らず被せて「死」について質問するので「知らない」と突き放すような言い方をしたのではないか?と思います
空気を読まず、気分を害す質問をする人にイラッとすること、あるよね(Harashimaのことだって?!) つっけんどんではあるものの、キチンと答えてくれているだけ優しさを感じます 大体の人は無視(聞こえないふり)とか「うるさい!」と怒らせるのが関の山ですからね
子路的には場の空気や雰囲気を和ませようとしたのかもしれないけど、かえって逆効果だった…そんな場面なのかもしれません いずれにせよ、不機嫌な人に気を遣って失敗した話なのではないかな?と感じます(普段の余裕のある状態なら軽口風の冗談を言っているのではないのかと思います)
Harashimaがアレコレ述べる章
解説の方で横道に逸れた話をしてしまったのでコチラは素直に読み取った話を基に述べていこうかと思います まず「人に仕えることもできないのに、鬼や神に仕えるなんて無理だろう」ですが、まぁその通りというか「何、バカな事をいっているんだ」を言い換えてるのだと思います
続いて聞いた「死」についても「死んだ後のことなど知らない」と素っ気なく返答されるのですが、Harashimaが気になったのは「死んだことがないからわからない」という返答でなかったことです 何となくですが「死んだらどうなる?」と聞かれたら「(死んだことがないから)知らない」と答えると思います(偏見ですか?)
けど孔子は、生きている間のことも知らないのに(「自分は無知である」という自覚があって)なぜ死後の世界のことを知っているというのか?という言い方をします 参考にしている書籍では「仏教などのように死後の世界(極楽浄土)を語るようなことはなかった現実主義者」というような記述がありますが、Harashima的には「話すと長くなるし、また質問攻めにあって面倒だ」と思って言わなかったのではないか?と推察します
どちらにしても死後の世界というのは未知であって死んでみないと分からない…だから、仏教っぽくいうと「死後の世界で迷子にならないよう現世で多くを学び、その時までに多くの徳を積んで、迎えが来るまで続けましょう…」なのだと思います …知らんけど
それには、場の雰囲気を変えるために不機嫌な人に気を遣って話しかけたり、くだらないバカな質問にイラッとしつつも返答したりすることが必要なのかもしれないですね …知らんけど
それでは、また来週!


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