論語 公冶長 其の二十五 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は二通りの意味があるように思える一節です どちらも耳の痛い意味に思えますがキチンと学べば大丈夫? それでは、お付き合いください

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原文・訳

子曰、巧言令色足恭、左丘明恥之。丘亦恥之、匿怨而友其人、左丘明恥之、丘亦恥之。

子曰く、巧言こうげん令色れいしょく足恭すうきょう、左丘明之れを恥ず。丘もた之れを恥ず。怨みをかくして其の人を友とす、左丘明之れを恥ず。丘もた之れを恥ず。

解説・意訳

今回は左丘明さきゅうめいという人と自分(孔子:きゅう)を重ねた話になります 左丘明は、不詳の人物で「春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん」の著者とされているようですが、それも不明のようです 生没年も不明で孔子との関係も分かりませんが先人や先輩にあたる人物なのではないかと思われます(知らんけど)

次に漢字や単語の説明ですが、まずは「巧言」と「令色」については学而1-3を参照してください 「足恭」は過度のうやうやしさ、要するに「へつらい、ヨイショ」の類です
後は解説せずとも何となく分かりそうなので、意訳後に説明していきます

先生は言った「巧言・令色・足恭、左丘明はコレを恥に思った 私も恥だと思う 怨みを隠して、その人と友人関係を築く 左丘明はコレも恥に思った 私も恥に思う」となります

他意があって思ってもない言動をする事、ホントは嫌いな人だが仲良くしてるフリをする、こういう事を左丘明と孔子は恥に思うといってます 要するに、自分に正直でない素直になれていないのを「恥ずかしい事だ」といってます

もう一つは、巧言・令色・足恭を使ったり本心(怨みや憎しみ)を隠して他人(上司や上役)と友人関係を築く事を「恥ずかしい行為だ」といってます 多分、後者を指してるように思いますが、どちらとも取れるかと思います

Harashimaがアレコレ述べる章

今回の一節は耳の痛い人も多いかと思います(そういうHarashimaも) なるべくなら正直や素直に生きたいモノですがpower(権力)やmoney(お金)、数(多数決)には勝てない・敵わない場面も多々あります なので、立派な志だとは思いますが実践するのは難しい(理想的な話)ように思います

マネジメントの父・ドラッカーの、リーダーシップについての記述の中に「リーダーとは目標・基準・優先順位を決め、それを維持する者である もちろん、妥協する事もある」とあります この「妥協」の中に上記の事が含まれてる?ように思います それくらい正直で素直でいるのは難しい事のような気がします

せっかくなので、この「妥協」につてもう少し話をします
ドラッカーは「リーダーは妥協を受け入れる前に、何が正しく、何が望ましいかを考え抜く」と言ってます 「上がそう言ってるから」「ココは上役のいう事を聞いておいた方が自分にも都合がいい」「上の意見に反対すると自分の評価が下がるかもしれない」の巧言・令色・足恭ではダメだという事です

キチンと目標・基準・優先順位に沿っているか、財政などの現実と照らし合わせて考えて妥協を受け入れないといけません そういう部分を蔑ろにしてきた結果が今、重くのしかかってると思います 一度下げたレベルを戻す(引き上げる)のは維持するより厳しいものとなります

話が逸れましたネ
正直で素直でいるのは難しい事ではありますが、キチンと学んでいれば理解して妥協点を受け入れる事もできるし、妥協点を提案する事もできるのです 学ばない手はないですネ

また来週ぅ~ 

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