論語 公冶長 其の二十一 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回も過去の偉人について評する話です Harashimaにはイマイチ意味がよくわからないのでサラッと流していきます それでは、お付き合いください

原文・訳

子曰、甯武子邦有道則知、邦無道則愚。其知可及也。其愚不可及也。

子曰く、甯武子は、邦に道有れば則ち知、邦に道無ければ則ち愚。其の知は及ぶ可き也。其の愚は及ぶべ可らざる也。

解説・意訳

今回は、甯武子ねいぶしを評しています 甯武子の本名は、姓が甯で名をといいます 「武」はおくりなになります(諡については公冶長その15を参照) 甯武子は孔子が生まれる70年ほど前に活躍したえいという国の重臣です その甯武子を評して孔子は、

「邦に道有れば則ち知、邦に道無ければ則ち愚。」といってます これは「国が治まってる(道理がある)時は知者となり、国が混乱している(道理が失われた)時は愚者になる」という意味です 要するに「国政が上手くいってる時は知者として手腕を発揮し、国が混乱している時は愚者の振りをしてとぼけた」となります そして「其の知は及ぶ可き也。其の愚は及ぶべ可らざる也。」と続くのですが、この部分の説明は意訳後にします

先生は言った「甯武子は国が治まってる時は知者として手腕を振るい、国が混乱している時は愚者となり惚けた その知者ぶりはマネできても愚者ぶりはマネできない」となります

意訳では「及ぶ可き也・及ぶべ可らざる也」の「およぶ」を「真似まね」としましたが、本来は「追いつく、手の届く」といったニュアンスかと思います なので「甯武子の政治的な手腕をマネする事はできても、あの惚けっぷりはマネできない」ということになります

Harashimaがアレコレ述べる章

国が治まってる、平和な時は知者として振る舞って、混乱したら(マネできないほどの)愚者になる政治家って、Harashimaの感覚ではダメな政治家なんだけど…違うのかな?

混乱を治めるために知者として振る舞い、平和な時はユーモアあふれる愚者のように振る舞う…そんなのを理想の政治家としてイメージしてたんだけど、混乱した時は「俺は知らない、誰かが何とかしろ」と惚けて知らん振りでは…Harashimaの知ってる、話してる、どこかの話と同じじゃない?

治まってる時に知者として手腕を振るっていたなら混乱することも無かったんじゃ…?なんて事も考えると、この一節はイマイチよく分からなくなりますが「其の愚は及ぶべ可らざる也(振り切れた愚者ぶりはマネできない)」ってところは、よっぽどだったんでしょうネ ここが一番印象的に感じます

孔子は甯武子を否定的な目で見ていて、皮肉っていたのかもしれませんネ

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