毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 気持ちも新たに、今回から顔淵編のスタートです 最初の一節から少し長めですがボチボチやっていきましょう それでは、お付き合いください

原文・訳
顔淵問仁。子曰、克己復禮爲仁。一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己、而由人乎哉。顔淵曰、請問其目。子曰、非禮勿視。非禮勿聽。非禮勿言。非禮勿動。顔淵曰、回雖不敏、請事斯語矣。
顔淵 仁を問う。子曰く、己に克ちて礼に復るを仁と為す。一日己に克ちて礼に復れば、天下仁に帰す。仁を為すは己に由る、而して人に由らんや。顔淵曰く、請う其の目を問う。子曰く、礼に非ざれば視る勿かれ。礼に非ざれば聴く勿かれ。礼に非ざれば言う勿かれ。礼に非ざれば動く勿かれ。顔淵曰く、回や不敏と雖も、請う斯の語を事とせん。
解説・意訳
まずは漢字の説明をしていきます 「顔淵(回)」は孔子の弟子「顔回」のことです 「仁」は、誠実な思いやりであったり人間愛など色々と包括した儒教における「最高の徳義」のことです 「而して」は、前の事柄を受けて別の事柄を述べるときに用いる接続詞で順接(そして・それに加え…など)と逆接(しかし・しかるに…など)の他に置き字(読まない)になることもある漢字です 「目」は、ここでは「項目(の目)」になります 「不敏」というのは敏捷性がない…すなわち「のろま・どんくさい」といった意味になります 以上を踏まえて意訳していくと…
顔淵(顔回)が仁について質問した 先生は言った「己の欲望を克服して礼に立ち返ることこそ仁徳である。一日でも己の欲望を克服して礼に立ち返れば、天下の人々が仁徳に帰す(集まってくる)。仁徳を実践するのは自分自身によってであり、他人によるものではない。」顔淵が言った「実践する(仁徳の)項目をお聞かせください。」先生は言った「礼からはずれたものに目を向けるな。礼から外れたものに耳を傾けるな。礼からはずれたことは言うな。礼からはずれた行為はするな。」顔淵は言った「回(顔回:私)は愚鈍ではありますが、この言葉を実践します」 となります
要するに、仁というのは己の欲望に打ち克って礼儀正しくいることである。そして、それは一日でも打ち克つことが難しく、もし打ち克って礼儀正しくいたなら、世界中の人々が仁徳に目覚め実践し始めるだろう。仁徳を実践するのは誰かにやらされるのではなく、自分の意思で始めるのだ。何から始めればよいかというと、失礼無礼なものは見ない。聞かない。言わない。そういう事はしない。…ということです
「やりたくないなぁ…」「サボっちゃおうかなぁ」って時に自らを律し、怠け心に打ち克って後回しにしないようにするから周囲の人々も「立派だなぁ、あの人みたいになりたい」と影響されて自分の意思で実践し始める(マネをする) こういう流れを作り出せるのが理想なのでしょうが…難しいよね たとえ打ち克ってサボらなかったとして、それを見た人々が自主的にマネし出すか?疑問です(残念ながら「アイツがやってるからアイツにやらせておけばいい」だと思います)
ホントは「そんな事ない」と思いたいところですが、心当たりがあり過ぎて心が削られてます(笑) アレコレ言いたいことがあるので次にいきます
Harashimaがアレコレ述べる章
現代でも先生や師匠といわれる立場の方はいますが、昔より絶対的な存在ではなくなった気がします 先生や師匠も同じ人間で、完璧ではないので尊敬できない部分がある(例えばパワハラ、モラハラ気資質だったり…)としても、その道に関してはプロであり達人なワケです
もっと尊敬されて憧れられる存在であっていいはずですが、行き過ぎた「可愛がり(イジメ)」であったり、逆らわないことが分かっているからチョーシにのってモラルやデリカシーのない言葉で傷つけたりして嫌われていく…自業自得な面もあるかと思いますが、本来であればそういう負の部分は発奮材料や反面教師にして上手く受け流すのも上達への修行の一環に含まれるものでした
しかし今は不快に感じる程度でアウト、教わる側の方がパワーを持っている風潮が強くなりつつあります これでは上手くならない、強くならない、上達しない…結果、弱体化(衰退)していくと思います(すでに色々な分野で数字として表れている) よろしくないですねぇ…
で、これを食い止める方法が「礼からはずれた…」です 先生や師匠も生徒や弟子も礼をもって相手に接して、失礼無礼なモノには関わらない(見ない、聞かない、言わない、行わない) これを実践することかと思います それで「あの人みたいになりたい」となるかは別ですが、これにより失礼無礼な人は淘汰、改心されていくものと考えます
なので「礼」を学ぶことが重要になってくると思うのですが…学ばない人には通用しないし、礼を重んじてる人の方が損するんだよね(礼を知らない、軽く考えている層の方が多数なので「言った者、やった者勝ち」になりやすい) 難しいですねぇ…
おっと、ダラダラと述べ過ぎたかな そろそろお終いにします
今回の顔淵編は「○○(人の名前)□□(仁や君子、政など)を問う:○○が□□について質問した」という形式が多くなります 「だから何だ?」って話ですが、そういう『教わる姿勢』を忘れずに謙虚でいたいですね それでは、また来週!


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