論語 八佾 其の十三 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は教訓になる一節でもあるので、刮目して精読することを求めます! なんてナ 世の中によくある話なので、参考になれば?幸いです それでは、お付き合いください

原文・訳

王孫賈問曰。與其媚於奧。寧媚於竈。何謂也。子曰。不然。獲罪於天。無所禱也。

王孫賈いてく、びんよりは、びよ、とはぞや。子曰く、らず、れば、所無きなり。

解説・意訳

まず、王孫賈(おうそんか)は人名で衛の国の重臣です 「竈(かまど)」はキメツノヤイバでもおなじみかもしれませんネ 前文と合わせて「びんよりは、びよ」というのは諺となります このコトワザを説明します

夏に「竈の前で神を祭った後に奥で再度竈の神を祭る」という竈の神をを祭る風習があったそうです で、「同じ神を祭っているのだから奥の神にだけ媚びるような事をするなら、その前の竈に媚びなさい」という事を表わし、下心を諫める意味のコトワザになります(多分)

「不然:(しか)らず」は「そうではない、違います」という否定、打消しになります ここからは意訳の後に説明していきます 意訳すると

王孫賈が問うた 「その奥の機嫌を取るより、むしろ竈の前で機嫌を取ったほうがいい」とは、どういう意味ですか? 先生は言った「それは違います 天に対して罪を犯せば、祈る対象が無くなってしまいます」 となります ここからは孔子の返答を説明していきます

一見すると話が通じていません 王孫賈は孔子が自分を通り越して衛の王と懇意にしているのが気に入らず「奥(王)の機嫌取る前に竈(自分:王孫賈)の機嫌を取るのが先だろう」とコトワザを使った嫌味や皮肉を言っているのです

王孫賈の嫌味や皮肉を解かった上で孔子は「違うなぁ、私がそんな事して天に罪を犯すような事をすれば、奥も前もなく祈る対象が無くなってしまう」と、暗に「そんな事はしない」と断る場面なのです 嫌味や皮肉を上手くかわしてマイルドにやり返しています

Harashimaがアレコレ述べる章

この一節は現代でもよくあるシチュエーションかと思います 王孫賈のような人はいつの時代でも存在するって事です そんな人の術中に嵌ると「長い物には巻かれよ」的な風潮になっていくのだと思います 韓流ドラマにもアリがちなパターンですネ

こうして組織は腐敗していくのですが、現代にも続いているって事は防ぐのは難しいんでしょうネ これが「諸行無常」「栄枯盛衰」ってヤツですナ 結局は衛も後に滅ぶのです(原因は知らんけど)

現代でも権力を持った人にに逆らうと冷遇されてしまう事があります(おや?Harashimaの事か!?)が王孫賈のような人が腐らせているんだろうけど、自覚はないだろうネ 目先の自分の利益にしか興味がないのだと思います トラ(王や肩書)の威を借るキツネにおもねる事はしないようにしないとネ

いかん、いかん 個人的な感情が含まれてナンボでもダラダラと述べてしまいそうだ この辺で切り上げます

王孫賈には気を付けろ! Oh! そうか なんてナ

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