毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は中長期的な視点で物事を考え、今を我慢して耐え忍ぶ話です 「言うは易し行うは難し」なのですが成功した有名な話もあるので、ついでに紹介しています それでは、お付き合いください

原文・訳
哀公問於有若曰、年饑用不足。如之何。有若對曰、盍徹乎。曰、二吾猶不足。如之何其徹也。對曰、百姓足、君孰與不足。百姓不足、君孰與足。
哀公 有若に問いて曰く、年饑えて用足らず。之れを如何。有若対えて曰く、盍ぞ徹せざるや。曰く、二だに吾れ猶お足らず。之れを如何ぞ其れ徹せんや。対えて曰く、百姓足らば、君 孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君 孰と与にか足らん。
解説・意訳
まずは漢字の説明をしていきます 「哀公」と「有若」は人名で、哀公の方は「魯の国の君主」で有若は「孔子の高弟(優秀な弟子)の子有」です 「饑える」は「飢える」のことで、飢饉(コメ不足や食糧難)を指します 「盍ぞ」は「どうして、なぜ」といった意味です 「二だに」は税率(年貢)のことで「(十割のうち)の二割だけ」になります 「孰」は「誰」、「与に」は「共に」です 以上を踏まえて意訳していくと…
哀公が有若にたずねて言った「今年は飢饉で財政が苦しい。どうしたものか。」有若は答えて言った「どうして年貢の一割を取る税法を使わないのですか」(哀公が)言った「二割を取って不足しておるのだ。なぜ一割にできるというのだ。」(有若は)答えて言った「百姓の食糧が足りていれば君主の食糧が足りないことがありますか。百姓の食糧が不足していたら君主だけ食糧が足りていることがありますか。」 となります
要するに、飢饉で食糧が不足していて困っている君主(哀公)が「何かいい方法はないか?」と有若にたずねると「なぜ年貢を2割から1割にして倹約に徹っしないのですか」と言います すると君主は「2割で足りないのに、どうして1割にできるというのだ」と答えます すると有若は「民衆(百姓)に食糧が足りていれば君主が食糧に困ることはないでしょう 民衆の食糧が不足している時に君主の食糧だけ足りていることがありますか?(民衆が苦労している時に、自分だけ苦労しないつもりか?)」という話です
君主であっても同じ「人」です 「『自分は特別な存在で下々の者の事など知らん!』なんて許されませんよ」、「一緒になって苦労を乗り越えてこそ君主として民衆から支持されるのでは?」ってことを言っているのです この後、税率を下げたのか?どうやって乗り越えたのか?気になりますね(そこの記載はない)
哀公からすれば「そうじゃねぇ!」って場面で、ヒトによっては怒り狂う、怒鳴り散らすシチュエーションですよね ここら辺に「聴く耳」のある人とない人の差がでると思います まぁ、ある人でも余裕がなければ「そうなんだけど…もうちょっと違う、こう…」ってなりそうですよね(「君主なんだから少しくらい…」みたいな気持ちのことです)
君主である哀公に諫言する有若は立派です(この後どうなったかも不明ですが…) 関係が良好だった、お互いがお互いをリスペクトしていたから言えたのかもしれませんね 知らんけど 次にいきます
Harashimaがアレコレ述べる章
苦しい時に、より苦しくなる決断をするのは勇気のいることです 自分一人だけなら「修行」や「ストイックさ」につながり、我慢もすることもできるだろうけど大勢を巻き込んだ状態で行うのは難しい… なぜなら賛成する(受け入れる)人より反対(拒否)する人の方が多いからです
けど、それを実際に実行した話があります それが「米百俵」です(何?!知らないだと!?) あの小泉純一郎元総理も引用した…(何?!小泉純一郎も知らない!?…もう、そういう人はアレコレ検索してみてください) 話を進めます
「米百俵」とは、正確には「米百俵の精神」といいます 幕末から明治初期にかけての長岡藩(現在の新潟県長岡市)で、極度の貧困状態に陥った中に届いた百俵の米を「百俵の米も食べてしまえば無くなってしまう しかし、これを売って学校をつくれば(教育にチカラを入れれば)、この米が明日の一万俵、百万俵になる」といって実行して成功した話のことです
一見、学校をつくる(教育に注力する)ことと食糧不足は関係ないように思えますが、この事例を成功させた小林虎三郎は「国が興るのも、街が栄えるのも、ことごとく人にある 食えないからこそ人物を養成するのだ」と米を売ったお金で書籍や文房具をそろえ、農民や町民の子供も通える学校を設立したのでした
教育に注力して学力を向上させることで、暑さ寒さに強い作物を作り出し不作の年を減らす研究をしたり、農業以外の分野で稼ぐ人が現れて多くのmoneyを納税することになれば、米を他所から買う事もできる こういうことが「明日の一万俵、百万俵」になるということです
今が苦しくとも明日の成功を信じて辛抱強く育て続けたから花開いた(結実した)のです なかなか出来ることではないからこそ語り継がれている話なのだと思います Harashimaが当事者なら賛成していただろうか?を考えると…「腹が減っては戦は出来ぬ」とかいって、食欲に負けて反対してそう 余裕がなく、目先のことを優先してしまうと思います
「半分食べて、半分売ればいい」だって?! それは中途半端ってものでしょう 「虻蜂取らず」「二兎を追う者は一兎をも得ず」、選択と集中ってヤツですよ 退路を断ち、決めたことを「必ず達成する」という強い気概が成功へ導くのだと思います
おっと、ダラダラと…そろそろ終わりにします それでは、また来週!


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