毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は論語の中で最も長文な一節を4分割した3小節目になります 4人目の弟子、曾皙が抱負を語る場面です Harashimaが野暮なので善さにピンときていないのですが、お付き合いください

原文・訳
點爾何如。鼓瑟希、鏗爾舎瑟而作。對曰、異乎三子者之撰。子曰、何傷乎。亦各言其志也。曰、莫春者、春服既成、冠者五六人、童子六七人、浴乎沂、風乎舞雩、詠而歸。夫子喟然歎曰、吾與點也。
点 爾は何如。瑟を鼓くことを希なり、鏗爾と瑟を舎きて作つ。対えて曰く、三子者の撰に異なり。子曰く、何ぞ傷まんや。亦た各おの其の志を言う也。曰く、莫春には、春服既に成り、冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん。夫子 喟然として歎じて曰く、吾れは点に与せん。
解説・意訳
まずは漢字の説明をしていきます 「点」は孔子の弟子「曾皙(本名:曾点)」のことです 「瑟」は大型の「琴」のような弦楽器の名前になります 「鏗爾」は「瑟の演奏を止めた」という意味です 「三子者」は「皆さん」で、「撰」は「選ぶ」みたいな意味になります 「莫春」は春の暮れ「晩春」のことで「冠者」は「(若い)成人」、「童子」は「未成年」のことです 「沂」は川の名前で「舞雩」は「雨乞いのために築かれた土壇」、「詠」は「詩を歌う」です 「喟然」は「タメ息や感嘆」で「歎」は「感心する」といった意味になります 以上を踏まえて意訳していくと…
(先生は言った)「点よ、お前はどうだ」瑟を演奏していた曾皙は演奏を止めて立ち上がり、答えて言った「三人の話と趣旨は異なりますが…」先生は言った「何も悪くない。それぞれ志をのべているのだから」(曾皙は)言った「晩春のいい天気の日に春服を着て、元服したばかりの若者5~6人、元服前の子供を6~7人連れて沂の川で水浴びをして、雨乞いのために築かれた土壇で風に吹かれ、詩を歌いながら帰ってきたいものです」。先生は大きく息を吐いて感心して言った「私は点(の抱負)に賛成だ」 となります
先週の3名(子路・冉有・公西華)は自分の得意を活かして国を強くしたり、人民を統治するような抱負を語っていましたが、曾皙は「3人とは異なるのですが…」と前置きをして風流(雅を趣向する粋)な抱負を語っています もう少し解かりやすい意訳をすると、若い後輩を引き連れて川などに出かけて自然を感じ、歌でも歌いながら過ごしたいといっていて、孔子も「私もそれがいい」と同意しています
けど、曾皙の抱負というのは世間に名前が知られなくてもできそうな話ですよね どちらかと言えば名が知られるようになってから行うと「遊んでないで仕事しろ」と言われてしまう気がします 現代なら特に… まぁでもそれが理想なのかもしれません 仕事するために生きてるワケではないし、人生を楽しむ意味では正解な気もしますが…哲学的で難しくなってしまうので次にいきます
Harashimaがアレコレ述べる章
曾皙の抱負というのはある意味で理想のリーダーシップだと思うのですが、それでは「勝てない」のです 「勝ちたい」のなら前の3人(子路・冉有・公西華)のように得意を活かして、知名度を利用して物事を前に進めたり、変えていかないと目的(理想)を実現できないと思います
けど、儒教的(「人として」の高み、「仁」を目指す)には曾皙のようなリーダーシップの方(自然と親しんだり、季節を感じたり、学問を通して個人の成長を促し他の見本となる言動を体現する)が理想だと思われるので、孔子は「曾皙に賛成だ」と言っているのです
理解はできるのですが、資本主義の世の中ではmoneyがモノをいいますからね 曾皙のような生活をするのにもmoneyが必要です moneyがあれば、逆にmoneyが必要ない世の中であれば曾皙のようなリーダーシップが理想かと思うけど、moneyを稼ぐためのリーダーシップは3人(子路・冉有・公西華)の方が理想な気がします
そういうところの差で儒教は広まらなかったのかもしれません お人好しの善い人(君子)は性悪の小人とは立ち位置が反対(真逆)で、お互いを補完する互恵関係を築くのが難しいですからね (小人は君子が会得・体得した知識や知恵から搾取するが、君子から学ぼうとしない 君子は小人を反面教師として「より善い人」を目指すが、小人に辟易する)
資本主義の世の中でリーダーシップを発揮しようと思ったらmoneyを稼ぐための知恵が必要だし、小人のように貪欲に他者から搾取することも必要になってきます そのバランスであったり、程度が難しいのだと思います(遠慮し過ぎも図々しいのも…って事です)
さて、そろそろ終わりにします 来週は4分割(起承転結)の結(オチ)になります 面白い結末になるワケではありませんが、お楽しみに! また来週!


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