論語 八佾 其の二十一 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回の原文は少し長目で難しい語も多くなります 今年最後の一節になりますが、お付き合いください

原文・訳

哀公問社於宰我。宰我對曰。夏后氏以松。殷人以栢。周人以栗。曰使民戰栗。子聞之曰。成事不説。遂事不諫。既往不咎。

哀公我にう。宰我えてく、夏后氏てし、殷人てし、周人てす。く、をして戦栗せしむ。れをきてく、成事かず、遂事めず、既往めず。

解説・意訳

哀公(あいこう)は孔子の故郷「魯」の君主で、定公の息子になります(定公についてはコチラ) 「社」というのは樹木を神体とする土地の神様の事です 我(さいが)は孔子の弟子で、たびたび登場する子貢と並び称される能弁家ですが素行が悪く、よく叱られていたそうです

「夏后氏(かこうし)」「殷人(いんじん)」「周人(しゅうじん)」は前時代の王朝「夏」「殷」「周」の事です 「成事(せいじ)」「遂事(すいじ)」「既往(きおう)」はそれぞれ「やってしまった事」「済んでしまった事」「過ぎ去った事」という意味になります

以上を踏まえて意訳すると
哀公は「社」について我にたずねた はこたえて言った「夏王朝は神木に松を用いた 殷王朝は柏を用いた 周王朝は栗を用いた」(我は続けて)言った「(栗を用いたのは)民を戦慄させるためです」と 先生は之れを聞いて言った「やってしまった事はアレコレいわない 済んでしまった事を諫めない 過ぎ去った事を咎めたりはしない」 となります

「栗」というのが戦慄の「慄」と同音で、民衆を震え上がらせる「恐怖政治」を煽っているのではないか?と勘ぐった孔子が、我のこの話に対して「やってしまった事はアレコレいわない 済んでしまった事を諫めない 過ぎ去った事を咎めたりはしない」と言っているのですが、裏には「滅多な事を言うモノじゃない」と叱責している内容だと思われます

Harashimaがアレコレ述べる章

「一言多い」「余計な一言」を言っちゃう事ってあるかと思いますが、相手によってはトンでもない事になり兼ねないので気を付けましょう 自分の言動に責任を持ちましょう 「コレを言ったら相手は何て思うだろう」と想像してますか? そういう事を伝える一節かと思います

直接「そんなこと言ったらダメだろう」なんて言えば反発されて余計に意固地になる人もいます それがキッカケで険悪になるかもしれません そうならない様に「やってしまった事はアレコレいわない 済んでしまった事を諫めない 過ぎ去った事を咎めたりはしない」という事で、アタマのいい我には孔子の言わんとする事が伝わったと思います

想像力のない人には孔子の意図がわからず、言葉をそのまま受け取り「何をしようと許される」「好き勝手しても怒られない」と勘違いするものと思われます そんな人にならない様に学びましょう

最後に、今年も一年お付き合いいただきありがとうございました 新年1月3日はお休みします 来年も引き続きよろしくお願いいたします (このカテゴリーのみ)みなさん、よいお年を!

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