論語 里仁 其の七 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は最近Harashimaが好んで度々使っている「ステージが違う」にも通ずる一節になります 誰かの何かが変わるキッカケになるよう意訳するので、お付き合いください

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原文・訳

子曰、人之過也、各於其黨。觀過、斯知仁矣。

子曰く、ちや、各おの其いてす。ちをれば、る。

解説・意訳

今回の一節は「黨=党」がポイントとなります これはたぐい・カテゴリーといった意味を表わしていて、この語の使い方で多様な解釈が出来るので自分が好むような読み取り方をしてもらえれば、と思います では、さっそく意訳していきます

先生は言った「人の過失というのは、その人のステージによって変わる 過失を見れば、その人のステージ(仁)のほどがわかる」となります

君子には君子の、小人には小人の過失があります 君子は他人への思いやりが深すぎて、お節介や余計なお世話ととられ失敗、過失をおかす 小人は薄情で利己的なので、過失をおかす 過失の中身を見れば、その人の仁のほどがわかるという一節です

参考にしている本にあった、もう一つの読み取り方は「党」をもっと大きなカテゴリー(村や国)と捉え、そこに住む人達の過失を見れば「その村や国の長の仁のほどが見える」というものです こちらは政治的で違和感があるとしていますが、別の一節で「正しい者を上に据えれば、下の者はそれにならう」といった内容の一節もあるので個人的には違和感は感じません

Harashimaがアレコレ述べる章

以前、荀子の一節(人の性は悪である)というのを紹介しましたが、善(仁)は学んで身に付けるモノであるとすれば、学んでいる人と学んでいない人には差できます それぞれの段階が「類・カテゴリー」となり、今回の一節の理解がより早くなるかと思います

Harashimaは学んでない人より学んでいる方なので、学んでない人の過失というのが目につきます で、割りと正そうと試みるタイプなのですが、お節介・余計なお世話となるようで逆恨みされる事が多く、最近は「そのステージの人なのネ」と思うようにしています

「見て見ぬふり」と言えば、そうなるかも知れませんがHarashimaの役目ではないし役割は果たしているので、役目の人が役割を果たしていないのが問題だという認識です 逆恨みによる機会損失も甚大で、ホント割に合わない…

あやまって改めずコレをあやまちという」という有名な言葉もあります(何度も言ってるけど)早く気づいて改めてもらいたいモノですが、学んでない人が上に揃っていたなら難しいかも? まぁ、学んでない人が揃ってるって事はないだろうし、学んでない人が上にいる事が間違ってる事だろうから、近いウチに何とかなるだろう…10年以上かかってるけど

党(組織)に所属する人の仁のほどが知れちゃうから教育は重要ですヨ 学びましょう!

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