毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回も短い一節になりますが、なかなか強烈ですヨ 心して刮目せよ!…なんてナ そんな堅苦しくなく、ゆる~い感じで紹介していきます それでは、お付き合いください
原文・訳
子曰、苟志於仁矣、無惡也。
子曰く、苟しくも仁に志せば、悪しきこと無き也。
解説・意訳
難読漢字から説明していくと、「苟しくも」くらいかと思います これは「少しでも○○なら」「ホントに○○なら」といった意味で使います ここが分かればもう、意訳は要らないかもしれないですが一応…
先生は言った「ほんの少しでも仁を志せば、悪事をすることはなくなる」となります
この一節には二通りの通説があり、読んだままのシンプルな意味と弟子たちを鼓舞するための意味があります 後者はもっと後に出てくる一節(述而その29)と繋がっているので、興味のある方は調べてみて下さい
Harashimaがアレコレ述べる章
「仁を志せば悪い事はしなくなる」確かにそうなんですが、悪い事をする人は後を絶ちません なぜなら、仁を知らないから…かもしれません ならば、知って納得・感心すれば仁を志すだろうから仁を広める事をしないといけないですネ このブログが入り口となり、このブログが人気になれば…なんてナ
偏見や決め付けになりますが、悪い事をする人ってのはモノを知らないか、ものすごく賢いかの両極端な気がします 善悪の区別がつかない無知か、知った上で人を欺くかだと思います 区別のない無知の方は教えて素直に聞き入れるタイプと拗らせて逆上するタイプに分かれるだろうネ 教える側の言動にウソ偽りがない事も重要になって来るかと思います
知った上で欺く方は、手に負えないですネ コチラから何かをするより、見えない大きなチカラに懲らしめられて自身の行いを改めるより他ないかと思います 賢いので誘惑も多く、道を外しやすいのかもしれませんネ
少し話を変えて「弟子たちを鼓舞する」という意味の方を説明して終わりにします コチラの意味は孔子に弟子入りして仁を目指す若者に、仁というのは遠くにある(時間をかけて身に付ける)モノではなく、自分が仁を体得したいと思えば近くにある(悪い事をしないだけで仁になる)といったニュアンスの解釈になります
何か手を出す、口を出す前に「それは好結果になるか? 自己満足、利己的でないか?」など、ひと呼吸おいて考えるクセをつけるといいかもしれません あれ?何処かで聞いたことあるゾ なんてナ