論語 公冶長 其の三 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は、よもやよもや…三節続いて弟子を評した話になります(昨日の煉獄さんに影響されています) またまた婿選びの話なのか? 最後まで、お付き合いください

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原文・訳

子謂子賤、君子哉若人。魯無君子者、斯焉取斯。

子 子賤を謂わく、君子なる哉 若くのごとき人。魯に君子無かりせば、斯れ焉くにか斯れを取らん。

解説・意訳

今回は子賤しせんという弟子について評しています 子賤は孔子より30歳年下で、地方の長官になるような立派な人物だったようです 「くのごとき人」は若い人ではなく「このような人物」というように訳します(「〇〇とは、かくありたいモノですな」のかくと同じ)

「魯無君子者」は「魯に君子無かりせば」と訳し「者」が訳されてませんが、回りくどくなる(多分「君子といえる者がいなければ」という事だと思われる)のを略してあると思います

いずくにかれ」は、前の「斯れ」は子賤を指しています 後ろの「斯れ」は君子の徳義を指しています 「焉く」は、「どうやって・どのようにして」といった意味になります 以上を踏まて意訳すると

先生は子賤を評して言った「(子賤は)君子だな、このような人物は 魯に(手本となる)君子がいなかったら、彼はどのようにして君子の徳義を取得できただろうか」
となります

魯は孔子の故郷で子賤が長官となったのは別の地なのですが、これだと魯にいる君子(孔子)が子賤を君子にした自画自賛な話になるけど…そういうことかな?

子賤は長官となった地で自分より賢明な人物に出会っており、その人たちから治政のイロハを教わったそうです そういった事も孔子に報告しており、孔子にとっても自慢の弟子で「アイツを育てたのは俺だ」と言いたくなったのかもしれませんネ

Harashimaがアレコレ述べる章

君子といわれる聖人が自画自賛するのか?ビミョ~ですが、Harashimaには君子も人なので多少そういうところもあって良さそうに思います 妬むでもなく、人間味のあるエピソードのように思います 30歳も年下ということで親のような気持だったのかもしれません

Harashimaの周りには「アイツを子供のころから知ってるが、偉くなったものだ」と言って関心する人より「アイツは子供のころはヘタレで…」とか「アイツは俺が育ててやったから俺の言う事には逆らえない」と教え子や弟子をいつまでも下に見てふんぞり返ってる人の方が多い気がします

弟子から慕われる師匠であり続けるには自分も相手(弟子)に敬意をもって接しないと、しょーもない師匠と思われ、何事も報告されず疎まれるだけの存在になってしまいます そんな寂しい余生を送らないように学び続けないとネ

自画自賛は得意なんだけどなぁ……

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