老子 二十一章 孔徳の容は、ただ道にこれ従う 《middle》

古典

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!古典の一節を紹介する時間です 今回も論語はお休みして、先週に引き続き「老子」を紹介します 道教の中心「道(タオ:tao)」を理解しやすい?一節です お付き合いください

原文・訳

孔徳之容、唯道是從。道之爲物、惟恍惟惚。恍兮惚兮、其中有物。恍兮惚兮、其中有像。窈兮冥兮、其中有精。其精甚眞、其中有信。自今及古、其名不去。以閲衆甫。吾何以知衆甫之然哉、以此。

孔徳の容は、ただ道にこれ従う。道の物たる、これ恍これ惚。恍たり惚たり、その中に物有り。恍たり惚たり、その中に像有り。窈たり冥たり、その中に精有り。その精甚だ真、その中に信有り。今より古えに及ぶまで、その名は去らず。以って衆甫を閲ぶ。吾れ何を以って衆甫の然るを知るや、これを以ってなり。

解説・意訳

「孔徳の容」とは、「もの凄く徳を備えた人」という意味です
「衆甫(しゅうほ)」とは、色々な意味を含みますが、ココでは「万物の始まり」としておきます

他にも「なんだこりゃ?」な言葉がありますが、まぁ意訳後にボチボチ説明していきます とりあえず意訳すると

もの凄く徳を備えた人は、「道」に沿って生きている 道というのはハッキリ見えないが存在しており、その中に形や実体があり、何か霊妙な精気がある その精気は純粋で、確かな働きがある 「道」は太古の昔から存在し、その働きによって万物の始まりを知ることができるのか それは道が恒久不変であることに気づくことによってである

となります
端折ってる部分を説明すると「恍や惚」の件は恍惚(こうこつ)という熟語(:意味は、ウットリしているとかボンヤリしている)と似たニュアンスだと思っていただければ良いかと思ます

「窈たり冥たり」は窈冥(ようめい)という熟語(:意味は、奥深く暗い事 奥深くて測り知ることのできない事 また、そのさま)と似た….以下同文

凄い徳を備えた人の一節ですが、道(tao)を説明しいているようにも思える一節で「タオって何ぞや?」と思っている人にも全てではないモノの、なんとなく解ったのではないでしょうか?

Harashimaがアレコレ述べる章

タオは「見えない大きなチカラ」「万物の根源」など色々な表現で言い表されていますが、確実にあるとHarashimaは思っています 「因果応報」「原因と結果の法則」「引き寄せの法則」などの話を読んだり聞いたりした事がありませんか?

それらを主っているのが道(タオ)なのだと解釈してます 違うのかもしれないけど、そう考えるのがHarashimaにはしっくりくるので、そうしておきます

読者の皆さんに上手く伝わっていればいいのですが….どうかな?

さて、来週からは論語に戻そうかと思っています 楽しみにしてくれてる人がいるのか?分かりませんが、いると信じてボチボチ続けて行きます お楽しみに!

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