論語 顔淵 其の二十一《long》

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毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は、同じ話であっても話す相手によって使う言葉を変える一節です 詳しい話は後述しますが、例えばオリジナルの論語は難解で誰にでも読める書ではないけど、かみ砕いた言葉で誰にでも読めるようにした論語なら理解できる…みたいな話です それでは、お付き合いください

日曜日(日:太陽)
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原文・訳

樊遅從游於舞雩之下。曰、敢問崇德、脩慝辨惑。子曰、善哉問。先事後得、非崇德與。攻其惡、無攻人之惡、非脩慝與。一朝之忿、忘其身以及其親、非惑與。

樊遅はんち、従いて舞雩ぶうの下に遊ぶ。曰く、えて徳をたかくし、とくを修め惑いをわきまうることを問う。子曰く、善きかな 問いや。事を先にして得るを後にす、徳を崇くするにあらずや。其の悪を攻め、人の悪を攻むる無きは、慝を修むるに非ずや。一朝の忿いかり、その身を忘れて以て其の親に及ぼす、惑いに非ずや

解説・意訳

まずは漢字の説明をしていきます 「樊遅」は弟子の名前です 孔子とは親子ほど年の離れた若い男なのですが、あまり出来のよくない弟子だったようです 「舞雩」は、先進26にも登場した「雨乞いのために築かれた土壇」のことです 「慝」は、日常的に使われることのない漢字ですが意味は「悪い心や不正な行い」を表す漢字になります

「弁える」は、少し難しいのですが「物事の違いを正しく見分けたり、道理をよく理解して状況に応じた適切な判断・行動ができる」という意味になります 「忿り」は「憤り」と同じ(筋の通らないことや理不尽なことに対して、心の中に湧き上がる激しい怒りや憤慨のこと)です 以上を踏まえて意訳すると…

樊遅が(先生の)お供をして舞雩のあたりを歩いていた。(樊遅は)言った「思い切って聞きます『徳を高め、悪を修め、迷いを弁える』について教えてください」先生は言った「よい質問だ。行動を先にして利益を後まわしにすることは、徳を高くすることではない。自分の悪を責めて、他人の悪を責めないのは、慝を修めることとは違う。一時的な憤りに、我を忘れて身内を巻き込んだりするのは惑いを弁えていない」 となります

今回の樊遅がした質問ですが、今年の3月にも取り上げております 子張(出しゃばりの目立ちたがり)が古くからある言葉『崇德弁惑(徳を崇くして惑いを弁える)』を質問する一節です(顔淵10リンクはこちら) その時とは異なる返答をしていますが、この違いは弟子の学び具合であったり、その弟子の性格に合わせてアクセルやブレーキを効かせる孔子なりの工夫や思いやりだと思います(理解が深まる伝え方であったり、チョーシづかせないよう諫める)

まだ若くて出来のよくない樊遅に『崇德弁惑』を教えるにあたり、「見返りを期待して先に何かをするというのは、徳を高めることとは違うよ」「自分の邪な心を責めるだけで、他人の悪を責めないのは『慝を修める』とは違うよ」「『惑を弁えていない』というのは、一時的な怒りに駆られて家族に迷惑をかけるようなことをするなという事だよ」という、より平易な言葉で教えているのです

Harashimaがアレコレ述べる章

さてここからは「慝を修める」についてダラダラ述べていきます まずは、子張は『崇德弁惑』と質問しましたが、樊遅は『崇德、修慝弁惑』と質問しています この違いが気になります Harashimaが思うに、元々の正しい言葉は『崇德、修慝弁惑』だったのだと思います 古くからある言葉らしいので時代が進むにつれ『崇德、修慝弁惑』→『崇德(修慝)弁惑』→『崇德弁惑』となっていったのではないか?と推察します(すぐ思いつかないけど、こういうパターンの言葉ってありますよね)

で、この「慝を修める」が省かれた理由ですが…多分、自分の悪い心や不正な行いを悔い恥じて責めることはできても、他人の悪い心や不正を責めるのは難しいですよね 争いになるし、自分のことを棚上げして他人の悪ばかり責める人って、嫌われるよね …だから「弁惑(一時的な怒りに駆られて家族に迷惑をかけるようなことをするな)」なのかな? 

他人の悪や不正を暴いて争いとなって忿る(憤る)…「悪いことをしてるのは相手なのに…」と そうやって家族や周囲を巻き込んだ迷惑に発展してしまう そういうことなのかもね ありえそう… その言動が自己満足的だし「悪」というか、危険だよね だから廃れていったのだと思います そして『崇德弁惑』という四字熟語にした方が色々と都合がよかったのだと思います …知らんけど

そろそろ終わりにします

「崇徳」の説明は必要なかったかな? 分かりやすい説明をすると、このブログは崇徳(すうとく)より収益を求めています 徳を高めるより見返り(広告収入)を期待しています …「見返りを期待して先に何かをするというのは、徳を高めることとは違う」なのです なんてナ また来週! 

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