論語 雍也 其の十一 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は孔子のお気に入りの弟子、顔回について語った一節です(有名な一節らしい) 孔子が顔回の事を気に入っている理由がわかる話?になっています それでは、お付き合いください

原文・訳

子曰、賢哉回也。一簞食、一瓢飮、在陋巷。人不堪其憂。回也不改其樂。賢哉回也。

子曰く、賢なるかな 回や。一たん、一ぴょういん陋巷ろうこうに在り。人は其の憂いに堪えず。回や其の楽しみを改めず。賢なる哉 回や。

解説・意訳

先に紹介した通り、顔回を褒めそやす話ですので「賢なる哉 回や」は「エラいなぁ(大したヤツだよ)顔回は」という意味になります 「一簞の 一 陋巷に在り」の一簞は竹製の四角い弁当箱、一瓢は丸いヒサゴ(※)を半分にして出来るお椀、陋巷というのは狭い路地裏の事を指しています
瓢箪ひょうたん冬瓜とうがんの中身をくり抜き、外側を乾燥させ器にしたモノ

「人は其の憂いに堪えず」は「フツーの人はそんな境遇に耐えられない」といった意味です 「回や其の楽しみを改めず」は「顔回はそんな暮らしを楽しみ、変えようとしない」といった意味になります あらかた訳してしまいましたが、まとめると

先生は言った「大したヤツだよ顔回は 狭い路地裏に住み、少しのご飯と一杯の汁の食事で生活している フツーの人なら耐えられない生活ぶりだ(しかし)顔回はその生活を楽しんでおり、変えるつもりもない 大したヤツだよ 顔回は」 となります

まさに「清貧(貧しくとも清く正しい)」といった生活を楽しんでいる顔回を褒めちぎってる話です 孔子には顔回が楽しく生活しているように見えたのでしょうが、顔回が本当に楽しんでいたのかは不明です(ホントは貧乏が嫌で苦しかったのかもしれないけど、それを表に出さなかっただけかもしれません)

「THE優等生」なポジションであった顔回ですが、(名前は度々登場するけど)ここまで一度も発言がないので実際にどんな人物なのか不明です 孔子の話を鵜呑みにする他ないのですが、きっと貧乏も苦にならない徳の高い人物だったんでしょうネ

Harashimaがアレコレ述べる章

孔子が顔回の事を気に入ってる理由が、贅沢を好まず常に控えめであること、現状を受け入れ無理に取り繕ったりしない といったところではないでしょうか(「仁」に近い?)

何となくですが、渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を連想させられます 今いる場所が居場所で、そこで花を咲かせなさい(花を咲かせる為に一生懸命な努力をしなさい) どうしても咲かせられない場合は下に伸びる根を張りなさい(目立たない、地道な努力を続けなさい)といった意味の言葉です

顔回の人生の目的が何なのか?も不明ですが「立身出世を目指している(花を咲かせる)」よりも「下に根を伸ばす」方に特化した生活をしているように思えます 「その地道な努力は何のために?」と問いたくなります

「仁」を体得することが目的で体得する努力をしているのは分かるのですが、体得して何がしたいのか?何のために「仁」を体得したいのか?は出てこないんです(「仁」とは、そういうモノではない ということ?) よく分かりません

「強くなりたい」という目的のために格闘技(例えばボクシング)を習う、その場合の置かれた場所はジムです 咲かせる花はチャンピオンであったり、プロデビューなど各人でゴールは異なるかと思います 根を張る方の努力が練習です 地道に続けることが求められます

孔子の場合は儒教を広め、いずれは自分も国の要職について…といった目的があった(果たされなかった)けど、顔回は…??です なんかモヤモヤします 孔子は顔回の目的を知っていたんでしょうか? 知った上で贔屓ひいきにしていたのかな? こちらも、よく分かりません

グダグダになってきたし、名言を少し乱暴に扱ってしまって、何処からか叱られるといけないので今週はこの辺にしておきます また来週!

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