論語 雍也 其の十 《middle》

論語

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節を紹介しています 今回は、弟子が不治の病に罹ってしまって孔子が見舞いに行く話です 色々と不明な点もあるようなので、妄想全開で解明していきたいと思います それでは、お付き合いください

原文・訳

伯牛有疾。子問之。自牖執其手、曰、亡之。命矣夫。斯人也而有斯疾也。斯人也而有斯疾也。

伯牛はくぎゅう やまい有り。子 之れを問う。まどり其の手を執りて、曰く、之を亡ぼせり。命なるかな。斯の人にして斯の疾有るや、斯の人にして斯の疾有るや。

解説・意訳

伯牛はあざ名で本名は姓がぜん、名がこうというそうです 孔子より7歳年下で、前節の閔子騫びんしけんと並ぶ有徳の人だったようです(前節はコチラ) そんな伯牛が「疾(病)」に侵され死の淵にいます 「子 之れを問う」は「子(先生:孔子)が訪問(見舞い)に行った」という感じに訳されます

「牖自り其の手を執りて、曰く」の部分は「窓の外から伯牛の手を取って、言った」と訳されます 「之を亡ぼせり。命なるかな。斯の人にして斯の疾有るや×2」は意訳後に説明していきます それでは意訳していきます

伯牛が不治の病にかかった 先生は見舞いに行った 窓の外から伯牛の手を握って(先生は)言った「もうおしまいだ 天命というほかない こんな善い人間がこんな病気になるなんて こんな善い人間がこんな病気になるなんて」 となります

「美人薄命」「才子多病」など才能ある人が病気などで短命な人生になると「なぜ彼(彼女)が…」と現代でも惜しまれるものです ましてや自分より若い弟子を亡くすのは辛いことだと思います(孔子の一番のお気に入りの弟子の顔回も孔子より先に亡くなっています) 

余談になりますが、先日の元総理の銃撃事件に同じ想いを感じる方も多いかもしれませんネ まぁ、ホント余談程度にしておきます(「これ以上は控えておきます」という意味です)

Harashimaがアレコレ述べる章

さて、最初に述べた「色々な不明な点」をいくつか紹介する(参照している書籍による)と
①なぜ、窓の外から手を握ってるのか?
②瀕死の弟子に「もうおしまいだ 天命だ」なんて言っちゃっていいの?
③何の病気なのか? などがあります

Harashima的な見解を述べると、病気の名前は分かりません(「なんじゃそりゃ?!」です)が、当時の流行り病であったのではないかと思います で、感染うつるといけないから「窓の外から」で「手を握り」の部分は脚色な気がします(窓の外から手を握るのは不自然なので、どちらかがフェイクある確率が高く、感染リスクを考えれば…以下略)

最後に②の話ですが、見舞いに行ったときには既に亡くなっていた…のかもしれません なので「こんな善い人間がこんな病気になるなんて」と繰り返し詠嘆えいたんしているのではないでしょうか そういう事であれば「もうおしまいだ 天命というほかない」の説明も付きますし、伯牛のセリフがないのにも納得がいきます(せっていて言葉も発せない状態だったのかもしれませんが…)

病気は怖いです 不摂生が原因なら自業自得な部分もありますが、突発性であったり細菌やウィルス性の感染症などの急に体調を崩し生死の境を彷徨うような症状に見舞われるのは恐怖でしかないですネ 予防が大切です

COVID-19も「第7波」といわれる増加傾向がみられていますが、死亡率や重症化リスクが低くなってるとはいえ油断できる病気ではないと思います 長らく流行が続いて、弱毒化していて、ワクチン接種による気のゆるみも原因の一つだと思いますが、今一度「感染力の強いウィルスで後遺症が残る(恐れのある)感染症」という事を認識して、感染拡大を食い止める行動(マスク・3密の回避・消毒など)を徹底しないといけません

ワクチン未接種のHarashimaがいっても説得力ないんだけど…ネェ
体勢が悪くなったのでこの辺にしておきます それでは、また来週ぅ~!

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