老子 十八章 大道廃れ・・・ 《middle》

古典

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 日曜のお楽しみ!論語の一節….はお休みして、今回は「論語(儒教)」の対極にある「老子(道教)」の一節を紹介します 両教の根本的な思想の違いを表わしている一節です 上手く解説できるか不安ですが、お付き合いください

原文・訳

大道廢、有仁義。智惠出、有大僞。六親不和、有孝慈。國家昬亂、有忠臣。

大道廃れて仁義有り、知慧出でて大偽有り。六親和せずして孝慈有り、国家昏乱して忠臣有り。

解説・意訳

先ずは難読漢字ですが、特に説明が必要な漢字はないように思うので飛ばします 次に意味が分かりにくい語ですが、「大道」「六親」「考慈」について説明しておきます 

大道とは、「大いなる(道教の要)『道(タオ)』」を略した意味になります

六親とは、父・母・兄(姉)・弟(妹)・妻(夫)・子を指していて六つの親族すなわち一族を表わしています

考慈とは、「孝行」「慈愛」を一緒にした言葉で「家族愛」といった意味になります

以上を踏まえて意訳すると
大いなる道(タオ)の存在が廃(すた)れ、仁義(儒教)が現れた 智慧がついて虚偽がまかり通るようになった 親族の和は崩れ家族愛がもてはやされた 国家が混乱して忠臣という存在ができた
となります

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Harashimaがアレコレ述べる章

上記の意訳で儒教と道教の違いを理解するのは難しいと思うので、今一度わかりやすく説明します

まず、道教の道(タオ)ですが「見えない大きなチカラ」の事なのですが…わかるかな? この世で起こる全ての物事はタオによって起きている タオに逆らう事はできない なので全てタオに任せて自然に生きよう というのが道教です

「無為自然」がモットーな道教は、仁義や礼儀といった教養や修養を身に付ける儒教を「タオに逆らっている」と考えています なので道教(タオ)が下火になって仁義(儒教)が台頭してきた「仁義有」というワケです

儒教がもてはやされてから智慧がついた「人」はウソをつき他人を騙すようになったといってます(道教は全てタオに委ねるので智慧は必要ない)

仁義・考慈(家族愛)などの思想が家族の和を壊している(道教は全ての人は対等である(王以外) という思想)

国家が混乱するのは忠臣という存在がいるからである (道教は王がタオに沿って政治を行うので忠臣は要らない)

というのが少し詳しい説明になりますが、別の本によると違った解釈もあるので気になる方は色々と読み比べるのも楽しいかと思います(ココでの紹介は控えます)

Harashimaは基本、儒教寄りですが道教の思想にも共感できるので両方のいいトコ取りのハイブリッドな思想を持っていこうと考えてます 自分を律する儒教、見えない大きなチカラに委ねる道教、どちらが正解か?なんて分からないし、「正解なんてない」というのが正解だと思っている…矛盾してるなぁ……

まぁ、とにかく楽しく過ごす事を考えてイキましょう!

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