果報は寝て待て(ことわざ) 《middle》

ことわざ

毎度ぉ~!はらしま(@tyj_harashima)です 今回はコトワザを取り上げてみようと思います 何かタメになる事で面白く思える事をやりたいと考え、お試し感覚で勢いに任せてやってみますので、お付き合いください

アナタにオススメの広告

事前情報

「善い報せは焦らずゆっく待とう」なんて意味ですが、本来の意味はちょっと違います まず「果報は寝て待て」の「果報」って何か知っていますか?それから説明していきますネ 「因果応報」という言葉を知っていますか?

因果応報とは、善い行いをすれば善い結果が、悪い行いをすれば悪い結果がおとずれるという仏教の言葉です 因果応報はどちらかと言えば悪い場面で用いられる事が多いですが、そんなことはなく善い事が起こった場合にもつかえます 覚えておくと他人に少し自慢できるかもしれませんネ

Harashima的には因果応報とは『原(因)に(応)じた結(果)が(報)告される』の略語だと勝手に思い込んでいます。(覚えやすいでしょ?)

ここからが本題

「果報」が原因の結果の事だと解ったら次は「寝て待て」だけど、こちらはサラッといきます ジタバタしても どうしようもないから「寝て待て」なのです
「果報は寝て待て」とは、 善い報せは焦らずゆっく待とうではなく、原因となる行為の結果は変えようがないから落ち着いて受け入れるというのが本来の解釈なのです

***善いことをしたから善い結果が待ち受けているか?と言えば、絶対ではありません 何故なら、善悪を決めるのは自分ではなく「(神や仏と言われる?)何か」なワケです 果報に過度な期待をしないで寝て待ってるくらいの方が丁度いいのかもしれないですネ

Harashimaがアレコレ述べる章

似たような言葉で「自業自得」なんて言葉がありますが、こちらは「自分の行い(業)が自分に跳ね返ってくる(自らの得るモノとなる)」といった意味なので厳密にいえば全く違う言葉です けど「自分の行いによって未来が変化する」という部分は同じです

善い行為であっても、それは「自分にとって」であれば寝て待っても返ってこないかもしれないし、期待しているモノではなく「自分にとって」善くないモノが返ってくるかもしれません 自分で未来をコントロールする事はできないですからネ

なので、少しでも善い未来を期待して「善行を積む」ことを続けるのです いつか巡り巡って自分に返ってくる 寝て待つはオーバーな表現といえます 「情けは人の為ならず」ってヤツです 「『いつか自分に返ってくる』と、期待しないで待ってる」というスタンスでいるのが良いかと思います

寝て待つのも否定はしませんが、何もしないで待つより更なる善を積むことで、縁や恩が絶え間なく続く未来が期待できます(見返りを期待しての善は「偽善」ともいいますが…) ん?待てよ そう考えると、過度な期待をせず寝て待つくらいの気楽さの方が善いのかもしれないですネ なんだか判らなくなってきました

まぁ、とにかく自分が「善い」と思うことを継続しましょう 判断は「(神や仏と言われる?)何か」がしてくれるでしょう 運を味方に!

コメント

PAGE TOP